死を迎えることが不安なのはみんな一緒なのでしょうけど、死んだ後のことをこんな捉え方をしたら少しは変化あるかも?現実の終活の合間に何回か読み返したくなる絵本を見つけました。
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目次
絵本「このあと どうしちゃおう」が気に入りました
もうほんとに抱腹絶倒?楽しいですよ。思わず頬が緩んで「クックッ」と苦笑いしてしまう絵本に出会いました。
「このあとのよてい」
「てんごくにいくときのかっこう」
「うまれかわったらなりたいもの」
「こんなかみさまにいてほしい」
「てんごくってこんなところ」
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「みんなをみまもっていくほうほう」
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絵本の中のおじいちゃんは、死ぬのが楽しみだったのか?と思えるくらい。
でもそれは逆で、
死ぬのはすごく寂しくて、怖くて仕方がない。
だから楽しいことをたくさん考えて、怖くなくなるように書いた?
どっちもあり、でしょうねぇ。
作者は遅咲きの絵本作家
この絵本「このあと どうしちゃおう」の作家は
ヨシタケシンスケさん。45歳(1973年生)。
「情熱大陸」で10月21日に紹介されました。
それまでは絵本ですし、自分には全く縁がなかった人です。
でもその番組を見てとっても気に入りました。
絵本だけど、大人の心にも じんわり…何か来るんですよね。
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ヨシタケシンスケさんは40歳のときに初めて出版した絵本「りんごかもしれない」がいきなり超ベストセラーになったという遅咲きの絵本作家です。
30代はイラストレーターとして活動していたけれど、鳴かず飛ばずの状態だったそうです。
それが今は日本中の絵本好きの間で一大ブームに。2018年「”子供の本”総選挙」で、ヨシタケシンスケさんの本が「10位以内に4冊ランクイン」。かなりの人気ですね。
「このあと どうしちゃおう」の一番好きなページ
ヨシタケシンスケさんの絵本「このあと どうしちゃおう」はどこのページも何度も見てしまい、その度に「クスクス」「ああ、そうだなぁ」など心がじんわりあったまる感じがします。
その中で特に私が好きなのは
「このあとのよてい」のページです。
「このあとのよてい」のページでは、亡くなった後の「このよ」との関わりが載っています。
しんだらまずゆうれいセンターへ
とうめいになって しばらくようすをみる
きがすんだら てんごくへ
かたちをかえて たまにようすをみにいく
てんごくにあきたら うまれかわりセンターへ
べつのものとうまれかわって またこのよにもどってくる
母は今、どこにいるんだろう?……心配性の母のことだから、今もまだゆうれいセンターにいて、こちらの様子を見ているのかもしれない?それとも早く父に会いたくて一目散にてんごくへ行ったかな?父に会えたなら二人してかたちを変えてこちらの様子を見に来ているのかも?……
亡くなって間もない母のことはもちろんですが、亡くなった父と私の間には28年もの時間があるはずなのに、その時間の感覚は要らないな、と思えてきました。
「輪廻転生」とか「空から見守ってくれてる」「風になっていつもそばにいる」etc…
聞いたことのあるロジックではあります。その説は納得するし、これまでもそう思い込もうと頑張って、我慢してそう思おう、的な感覚でいました。
でも、同じロジックではあるけれど、こちらは絵本であることと、その愛らしい絵が、その説をすんなり「腑に落ちる」状態にしてくれた気がします。
エンディングノートよりカジュアルに死について話せる絵本
この絵本が死について話をするきっかけになるといい、とヨシタケシンスケさんは言っています。
エンディングノートできっちりこまごま遺すことも必要です。でも事務連絡的なことだけでなく「思い」「気持ち」が遺された人に伝えられると、遺された人も救われることも多いです。
自分だったら、死んだらこんなことをしてほしいかな、とか死について、まじめにではなく、ふざけ半分に、でも本音のところを気軽に話せるきっかけ。
私だったら「お供え物のあんこは絶対つぶあんね」とここだけは譲りませんし。笑いながら誰かがお供えしてくれるでしょう。
「死は茶化しちゃいけない、というムードがあるけど、世の中ふざけながらじゃないと話し合えないこともたくさんある」
「品のあるユーモア」で「ものは言いよう、考えよう」
ヨシタケシンスケさんみたいな、「世の中を面白がって見られるセンス」、私も欲しいです。
まとめ
たかが絵本、されど絵本。。。読後のこの安堵感は何なのでしょう。
終活を考える世代にもぜひ手に取っていただきたい絵本だと思います。
絵本の中でおとうさんが言っています。
もし、じぶんがしんじゃったら どうなりたいか どうしてほしいのかをかんがえて だれかとはなしあったり ノートにかいてみるのは きっといいことだよね
母と早いうちにもっと話したかった……。